作品について。
今回ご紹介する作品は、村山由佳さんのすべての雲は銀の…です。
兄に恋人を寝取られた奪われた大学生の祐介が、友達の紹介で信州菅平のお宿「かむなび」でバイトをし、さまざまな人と出会って成長していくお話です。
この作品はAmazonでなんかよい本ないかなぁと探していて、タイトルとあらすじにビビっときて購入に至りました。
読んでいてとても心が動いたのは何よりも、風景の描写です。
ひろびろとした田んぼ全体がゆったり波打っている。金色の巨大な獣が呼吸しているかのようだ。家々は、田んぼの一角や丘の中腹などあちこちに何軒かずつかたまって建っていた。純和風建築の家が東京よりは多いように思えた。秋の午後に特有の穏やかな日ざしが空の低いところから斜めにさして、ありとあらゆるものを懐かしく輝かせている。修理工場のガラス窓や、色とりどりの 瓦 や、小さな溜め池の水面……そしてその向こうにも、山また山。
少ない想像力でも風景を想像することは非常に容易で、久石譲さんのSummerが頭の中で流れてきました。
私は数か月の間だけですが、以前長野で暮らしたことがありました。
菅平も実際に足を運んだことがあります。
あのときの風景が浮かび、なんだか懐かしい気持ちになってしまいました。
紹介したのはほんの一部ですが、他にも素敵な表現がたくさんあり、ぜひ皆様にも一読していただきたいなと感じました。
作中の登場人物はみなそれぞれいろいろな事情があり、それでも懸命に生きている様が描かれています。みんな優しい心の持ち主で、きっとここで働いてみんなと触れ合えば心が洗われていくんだろうなぁと感じました。
一枚上手でからかい上手。うーん、好き
今回の推しは瞳子さん。
この作品の舞台であるかむなびで働いている女性です。健太という子供がいます。
瞳子さんは祐介と初めて出会った時からずっとからかい続けています。
からかい方もこれまたお上手で、通年思春期の僕は物語を通してずっとどきどきさせられっぱなしでした。
「あ、そうだ」 ──まだ何かあるのかよ。 「ご参考までに言っとくけど」チェシャ猫の笑いを浮かべて瞳子さんは言った。「健太は九時過ぎにはもうぐっすりよ」
な?みんなもこんなからかわれ方したら、罠とわかっていてもハマりにいくだろ?
いつもどこか余裕があり、こっちが大慌てしているのをみてけらけら笑ってくれるそんな女性、たとえ世界中のみんなが嫌っていても、僕が愛し続けていく。
彼女の考え方は美しい。
僕は読んでいる途中はおちゃらけているだけのキャラクターだと思っていました。
もちろんおちゃらけてぐいぐいからかってくるだけの女性ももちろん大好きですが、彼女の考え方や信念はとても勉強になり、アハ体験のようにlikeからloveへ変わっていくのが非常に心地よかったです。
私を不幸にするのはいつだって私自身。幸せにできるのも結局私
この記事の冒頭では「いろいろな事情があり」と記載したと思いますが、瞳子さんにも辛い過去というものがありました。
(どんな過去?と気になった方はぜひ手に取ってみてください)
様々な苦悩や葛藤を経験してきたからこその考え方ですよね。
人生はやはり前向きにいきたいものです。この考え方は胸の中にそっと閉まっておこうと思いました。
「私、何が苦手って、人から謝られんのが一番苦手なのよ。だからあなたももう忘れちゃって。気楽にいきましょうよ、気楽に」
瞳子さんのなにがいいんだって、基本的には相手本位で考えられる心の優しい持ち主だってところに尽きるな、と僕の中で結論が出ました。
ただ、相手本位で考えてます!って人によっては重荷になってしまうことがありますよね。
「これだけ相手は私のことを想ってくれているのだから…」とプレッシャーになってしまうこともありますよね。
ですが瞳子さんは「自分がこう感じるから」と自分本位での意見である感じを出して、相手には相手本位であることを悟らせないようにしているのがまた素敵だなぁと感じました。
私はどうしても性格がひねくれているので、「相手本位で考えられている僕、なんて素敵なんだろうか」と悦に浸ってしまいます。
そんな優しさをもっていながらも、窮屈さを感じさせず自由に生きていると思えた瞳子さんは、やはりシンプルに素敵で魅力的な女性なんだなぁと思います。
終わりに。
辛い過去を乗り越えられたわけではないが、苦悩と上手に付き合って生きている瞳子さんの紹介でした。
苦悩を知らずに生きてきた人より、様々な葛藤を経験してきた人のほうが私は興味を惹かれてしまいます。もちろんそこに優劣など存在はしませんが。
私がもし瞳子さんの立場だったら、どうなっていたんだろうとつい考えてしまいます。きっと胸がずっときゅっとし続けて、もやがかかったような暗い毎日を過ごしてしまうんだろうなぁと思いました。
瞳子さんや主人公以外の登場人物もさまざまな苦悩を経験してきた人たちです。
ちょっと辛くて立ち止まってしまったとき、もう一度手に取りたいと思える素敵な作品でした。
ぜひみなさんも読んでみてください!