作品について。
本日ご紹介する作品は三浦綾子さんの塩狩峠。
僕は小学校の高学年の時に本作品に出会いました。
それ以来ずっと手元においておき、何度も何度も噛み締めるように読み返している本です。
三浦綾子さんの作品は他にもたくさん読んでいます。
塩狩峠以外では氷点がかなり有名なのではないでしょうか。
今回は、僕の人生のバイブルとも言える塩狩峠の魅力を余す所なくご紹介したいなと思っております。
本作品は主人公・永野信夫の生涯を丁寧に描いている作品です。
信仰と愛、罪に生死。テーマは重めですが、非常によく考えられる作品でした。
小学生の時から、年次が上がるごとに読み返していました。
そのたびに受け取り方や感じ方、そして考え方が変わり、読むたびに僕を成長させてくれていたと思います。
信念を貫き通して体現する偉大な父の姿。
今回紹介する塩狩峠の推しキャラは主人公・信夫の父、永野貞行です。
貞行の推しポイントを先に言ってしまいます!
温厚な性格として終始描かれていますが、非常に意志が固く、己の信念に従っている点です!
やはり冒頭に描かれている貞行が信夫を叱責するシーンは、ずしりとくるものがありました。
信夫は友達と物置の屋根で遊んでいました。
ひょんなことからちょっとした言い争いになってしまい、友達に突き落とされてしまいます。
信夫は自分が一人で落ちたと貞行をはじめとする周囲の大人たちに説明するのですが…
「ちがう。ぼくがひとりで落ちたんだ」
信夫がいらいらと叫んだ。貞行は微笑して、二、三度うなずいた。信夫に年下の友だちをかばう度量のあることが嬉しかった。
「そうか。お前がひとりで落ちたのか」
「そうです。ぼく町人の子なんかに屋根から落とされたりするものですか」
信夫の言葉に貞行の顔色がさっと変わった。
「信夫っ! もう一度今の言葉を言ってみなさい」
凛とした貞行の声に信夫は一瞬ためらったが、そのきりりときかん気に結ばれた唇がはっきりと開いた。
「ぼく、町人の子なんかに……」
みなまで言わせずに貞行の手が、信夫のほおを力いっぱいに打った。
信夫はなぜ父の怒りを買ったのか理解することができませんでした。
なぜなら信夫の祖母は「我が家は士族です。町人の子とは違うのですよ」という教育をしていたからです。
それを瞬時に見抜き、貞行は信夫に対してこのように話します。
「いいか。人間はみんな同じなのだ。町人が士族よりいやしいわけではない。いや、むしろどんな理由があろうと人を殺したりした士族のほうが恥ずかしい人間なのかも知れぬ」
きびしい語調だった。父がこんなきびしい人だとは、信夫はそれまで知らなかった。(中略)
「信夫。虎雄くんたちにあやまりなさい」
厳然として貞行が命じた。
「ぼく……」
信夫はまだ謝罪するほどの気持ちにはなれなかった。
「信夫あやまることができないのか。自分のいった言葉がどれほど悪いことかお前にはわからないのか!」
そういうや否や、貞行はピタリと両手をついて、おろおろしている六さんと虎雄にむかって深く頭を垂れた。そして、そのまま顔を上げることもしなかった。
信夫の祖母に対して貞行は「人間はみんな平等である」という考えを信夫に説いたのです。
そして、話を聞いてもまだ理解することができずにいる信夫の代わりに謝罪をするのでした。
僕は平成生まれ平成育ちのため、昔どういった身分制度が存在しており、それがどれくらい顕著に表れていたのかはなんとな~くでしかわかっておりません。
かなり厳しい身分制度があったんだなぁという認識がある程度です。
自身の信念や考えをここまで徹底している貞行の姿勢はとても勉強になりますね。
生と死について考えるきっかけとなった貞行の言葉。
ネタバレになってしまうので最後まで書くかどうか悩んだのですが…
おそらく本記事を読んでいる方は読了済みかと思うので思い切って書き進めようと思います。
未読の方はここでいったん本記事をストップし、読了後にまたお越しください…!
信夫の考え方に大きく影響を与えたシーンはやはり貞行の死ですよね。
もちろん僕自身もめちゃくちゃ考えさせられました。
貞行が倒れてしまい、信夫は貞行との今までを思いめぐらせますが、あっさりと貞行は亡くなってしまいます。
貞行は遺書を書いており、その遺書に書いてある一節が僕の心を大きく動かしました。
人間はいつ死ぬものか自分の死期を予知することはできない。ここにあらためて言い残すほどのことはわたしにはない。わたしの意志はすべて菊が承知している。日常の生活において、菊に言ったこと、信夫、待子に言ったこと、そして父が為したこと、すべてこれ遺言と思ってもらいたい。
わたしは、そのようなつもりで、日々を生きて来たつもりである。
遺言状にここまでの落ち着きを出すことって出来ましたっけ…!?
そうです、貞行は「俺の人生そのものが遺言だぜ!」と言っているわけです。
みなさん、僕と一緒に一度胸に手を当てて考えてみてください。
あなたは一家の大黒柱で明日死ぬとします。
残された者に対して遺書を書こうと筆を執って何を書きますか…?
「私の人生すべてが君たちへの遺言だったから、ここで特別書くことはありません。」
そう書けますか…!?
正直僕は無理でした。
父はこういう生き方をしてきて君たちにこういった教育をしたかったとか、結婚する姿を見たかった、まだ死ぬには惜しい!なにも成し遂げられていない!僕の意志を妻や子供たちみんなに継いでほしい!!!!わあああああまだ死にたくないよおおおおお!!!!!みんな!!!大好きだよ!!!!!!!!お天道様から見守っているからねええええ!!!!
こんな未練たらたらな遺言を10ページ以上にわたって書き綴ることになると思います。
だからこそ、僕は読むたびに自分の今の生き方を何度も問いただしてきました。
貞行ほど徹底した生を送ることは難しい。けどそんな理想に近づく努力ぐらいしたらどうなんだ!と自分を叱咤激励して毎年心を新たにしていました。
ここのシーンの貞行のおかげで、どうやって生きていくのかということと残されたものに対して与える死について嫌というほど深く考えさせられました。きっとまだ考え足りないんだろうな。
また次回読んだときに改めてしっかりと考えたいなぁと思います。
終わりに。
いかがでしたでしょうか。
推し読史上、一番重い回だったのではないかと思います。
今回ピックアップしたのは主人公・信夫の父、貞行でした。
貞行はこのような生き方をしてこんな影響を僕に与えたよと大まかに説明させていただきましたが、本作品のいいところはピックアップする人物によって受ける影響がまるで変わることですかね。
それくらい一人ひとりの登場人物を丁寧に描いており、登場するみんなの生き方がそれぞれ刺さってきます。
小学生のころ母に勧められ、当時はなんとなく読み始めましたが、まさかここまで僕の人生に干渉してくるとは思ってもいませんでした。
ここまで影響受けなくてもいいので、ぜひさらっとでも一度は読んでほしい作品です。
気になった方は是非一度手に取ってみてください!